「読書感想文」 を 「読書体験記」 と言い換えたら

読書感想文といえば、子どもたちの夏休みの宿題の代表格。 そして、夏休みの最後まで、書けなくて苦しんだ記憶を持つ人が多くいらっしゃると思います。(私もその一人です。)

ひとつの原因は、そもそも本がつまらない、読み進まない、という点ですが、もうひとつ大きな原因が、「感想文、といわれてもいったい何を書いたらいいのかわからない」 という点です。

『○○物語』 をよみました。おもしろかったです。

というところまで書いて、もう、あとは何も思いつかない、とてもじゃないけれども、原稿用紙3枚のノルマは達成できそうにない、でもタイムリミットは目の前、という悪夢がトラウマになるのです。

スポーツ選手はよく競技後の感想をコメントとして求められます。

△△選手、優勝おめでとうございます。いまのお気持ちはいかがですか?

うれしいです。これまでずっと支えてくれたコーチと仲間たち、それから家族に感謝したいです。

これを読書感想文に応用しようとすると・・・

おもしろかったです。これまでずっと支えてくれた先生と仲間たち、それから家族に感謝したいです。

ちょっとうまく当てはまりませんね。それに原稿用紙3枚は埋まりそうにありません。
感想や感情・気持ちというものは、その時の興奮状態を指すものであって、言葉でバラバラに分解していくと、本来のすがたをどんどん失っていくように思えます。

むしろわたしが提案したいのは、「読書感想文」 ではなく、「読書体験記」 ととらえ直すことです。本来あいまいとしている 「感想」 を無理に言葉にしようとするから難しいのであって (それを得意とするのは詩人や芸術家でしょう。)、

・ 自分が本を読んだという事実 (その経緯、類似の読書体験の有無を書いてもいい)
・ その中で自分はどの箇所が好きなのか、
・ そこで自分は何を疑似体験したのか、
・ 何が思い出に残ったのか、

ということを書くのだと思えば、もっとすなおに、自分の感じたものを表現できるのではないでしょうか。

結果的にここには 「感想 (感情・気持ち)」 が織り込まれることが多くなりますが、これははじめから感想そのものを書くことにこだわって書くのではなく、もっと目に見えやすく、とらえやすい 「体験」 を書くことで、間接的に出てくるものです。

読書は、時代や場所、あるいは現実と幻想との境界をも超えて、作者や登場人物の冒険や探求を疑似体験することができるものです。子どもたちが、単に学校の宿題を消化することだけにとらわれず、エキサイティングな冒険や探求にすなおにドップリとのめり込んでくれることを願ってやみません。

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